1.進行性網膜萎縮症(Progressive Retinal Atrophy:PRA)とは
網膜の杆体・錐体光受容体が両側性・進行性に変性し、視力が徐々に低下して失明にいたる遺伝性疾患の総称である。多くの犬種で発生するが、犬種によって障害を受ける網膜細胞の種類、発症時期、症状の進行速度、遺伝様式が異なり、その原因遺伝子変異も犬種によって異なる。
ヒトの相同疾患である網膜色素変性症では、すでに39種類の原因遺伝子変異が確認されており、その研究成果をもとに、犬でも8種類(8つの病型、21犬種)の遺伝子変異が同定されている。
2.イギリスでの発生報告
英国では、1965年以降、単発的に症例報告がある。
1993年アニマル・ヘルス・トラスト(AHT)における遺伝学的・病理組織学的研究により、その遺伝様式が常染色体劣性遺伝であることと、生後半年以内に網膜の変性がはじまり、2歳齢頃までに失明にいたるものであることが明らかにされた。
2006年、AHTはロングヘアード・ミニチュア・ダックスフンドにおけるPRAの原因遺伝子を同定したと発表した。
この結果を受け、AHTはこの遺伝子変異を検出する検査サービスを、1年以上前から実施してきたが、一般の飼育犬の中には、遺伝子型と実際の臨床症状が合致しない例が散見された。
この要因としては、AHTの原因遺伝子の同定に用いた集団が、特定の家系に偏っていたことによるものではないか、との指摘があった。
3.日本での発生報告
PRAについては、臨床獣医師の間では10年以上前から、特異的な発生が認識されており、東京大学動物医療センターでは、1990年代後半より専門的な眼科診療により、その症例を蓄積してきた。
蓄積された症例は、発症時期にばらつきがあり、AHTが報告している2歳齢までに失明にいたる早期発症型だけでなく、3〜9歳齢で発症する遅発型の症例が存在することが報告されている。
4.遺伝子型検査
AHTの協力により、遺伝子変異を日本の症例に対して検査したところ、次のことが分った。
この変異が、日本のミニチュア・ダックスフンドのPRAと関連している可能性は高いが、発症例の中に該当しない例があることから、これが唯一の原因遺伝子変異ではない可能性がある。
一方、この変異型であるにも関わらず、2歳齢までに発症していない例も存在する。
発症時期は、同一の変異ならば一定であるはずであるが、こうした差異が生ずるのは、この変異のほかに発症のON/OFFをコントロールする、なんらかの要因が存在することが考えられる。
5.総括
英国において遺伝子解析に用いられた検体は、少数のPRA罹患犬から繁殖した家系で、一般的な飼育犬のPRAの病型および遺伝子型を、反映していない可能性がある。
日本のミニチュア・ダックスフンドにおける遺伝子型検査の結果からも、この変異とPRA発症の因果関係は、明白とは言えない。
もし、日本のブリーダーが、AHTによる検査を行う場合、検査の結果のみによりその適否を判断するのではなく、他の遺伝的要因や犬種を考慮しつつ、ブリーディングを行うことが適当である。
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【JKC Gazette/2007 Junより】
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