午前9時、千葉県松戸保健所裏手の駐車場。荷台に鉄のオリを積んだトラックが止まると、夫婦と高校生くらいの娘が2匹の猫を抱えて現れた。飼育放棄された犬や猫を毎週、回収する車だった。
保健所の職員に促され、娘は胸に抱いていたメス猫をそっとオリに入れた。猫は飼い主を見上げ、きょとんとしている。娘は無言で涙をふいた。
もう1匹のオス猫は、オリに移そうと父親が抱きかかえた途端、うなり声をあげて指にかみついた。はねるように飛び降り、雑踏の中へ。父親は「再婚した妻が猫アレルギーで、新しい飼い主を3か月探したが見つからなかった」と言い残し、保健所を後にした。
回収された動物たちは、県動物愛護センター(富里市)に運ばれ、早ければ翌朝にも処分になる。「ペットも自分の運命を悟るのか、飼い主に全力で向かってくる」。回収を委託された業者の男性(44)は言う。
全国で年間に処分される犬猫は計33万匹(2004年度、環境省調べ)。このうち猫の殺処分数(23万匹)は20年間、横ばいのままだ。千葉、東京、愛知など大都市部で特に多い。背景には都会の野良猫の存在がある。都の推計では、都内だけで11万匹。野良犬の捕獲や室内飼いが進み、1970年代に50万匹だった殺処分数が9万匹まで減った犬とは、対照的だ。
東京大学の林良博教授(獣医学)によると、ペットの殺処分は自己責任が原則の国が多い。「欧米では、飼い主の胸に抱かれた犬や猫に獣医師が注射を打つ。日本では73年、動物愛護法で飼い主の責任が強調されたが、行政任せのやり方は、社会が未熟な証ではないか」と指摘する。
05年度に計1万6000匹の犬猫が殺処分された千葉県も、飼い主の自覚を促す方法を模索している。保健所が1匹400〜2000円の引き取り費用を徴収し、ペットを飼い主自身でオリに入れることを義務づけるのも、その一環だ。現在4%程度の譲渡率を底上げしようと、来年度からは民間愛護団体と連携し、新たな飼い主の開拓にも力を入れる。
町内会や自治会単位で野良猫の面倒を見る「地域猫活動」も注目を集める。不妊手術を施したり、捨て猫の飼い主を見つけたりした結果、猫の数が減った地域も多い。2万〜3万円の手術費の一部を補助する自治体も出てきた。
松戸保健所で飼い主親子と別れた猫を乗せたトラックは、柏市など三つの保健所を巡回。さらに5匹の犬猫を回収し、富里のセンターに着いた。
殺処分が行われるのは翌朝。作業員がボタンを押すと、収容室の壁がゆっくりと動き、犬はステンレス製コンテナに追いやられる。猫用のコンテナは犬よりずっと小さく、大きめのダンボール箱程度。多い時は数十匹が、天井から吹き出す炭酸ガスで命を絶たれる。なきがらは遠隔操作のゴンドラで焼却炉に運ばれる。
猫の処分施設があるのは全国の84自治体。動物愛護団体「地球生物会議」(東京)のアンケートによると、その9割は千葉県と同じく炭酸ガスを採用している。
「今は自動化が進み、直接手をかける必要はほとんどない」(若菜正行・同センター次長)という一連の殺処分の行程。その実態まで保健所職員が飼い主に伝えることはない。
春と秋の繁殖期は毎年、センターへの持ち込みが増える。殺処分される猫の9割はまだ目も開いていない子猫。春の引越シーズンを迎え、回収車の仕事はまた忙しくなる。(地方部・高倉正樹) |
【読売新聞/2007年03月16日 社会面より】
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